溶接や塗装、組み立て、研磨、搬送。自動車や半導体の巨大工場で働くロボットを50年以上にわたって作り続けてきた川崎重工は、いわば産業用ロボットメーカーの顔である。しかし今、彼らは「産業用」の枠を取り払い、総合ロボットメーカーへと変わろうとしている。これからどんなロボット社会がやってくるのか。川崎重工は未来に向けてどんなロボットを作ろうとしているのか。ロボット事業のキーパーソン、川崎重工 精密機械・ロボットカンパニーロボットディビジョン長の髙木 登氏に話を伺った。
新型コロナを機に、急速に高まるロボット需要
新型コロナ以後、世界中でロボットの需要が飛躍的に高まっている。研究者団体Robotics for Infectious Diseases(感染症のためのロボット工学)の調査によれば、公共スペースの消毒や発熱検知、教育現場での遠隔コミュニケーション、サービス産業のデリバリーなど、世界48ヵ国の多彩な現場で、パンデミックと闘うロボットの事例は300を優に超えるという(2021年1月現在)。ソーシャルディスタンスが叫ばれる中、これまでロボットの導入など考えてもいなかった現場からも導入を検討する声が絶え間なく上がっていると、各種報道も伝えている。新型コロナをきっかけに、ロボットの可能性を探る実験が世界中で始まったともいえる。
このままいけば、スマートフォンやパソコンのようなスケールで、ロボットが社会に浸透する日はそう遠くないのだろうか? しかし自律するロボットは使い方を間違えれば危険を伴う機械であるため、“商品”として取引される以上は、充分過ぎるほどの安全性能が求められる。また、売って終わり、が許されない工業製品には信頼性やメインテナンス性、コストパフォーマンスなど、満たすべき要件も無数にある。そのような状況に対して、髙木氏は、「川崎重工にはロボットメーカーとしての大きなアドバンテージがある」と言う。
「我々には産業用ロボットで培ってきた技術があります。今、それをベースにしてこれまで産業用ロボットが使われてきた分野の外の世界へ出て行きたいと考えています。それが総合ロボットメーカーへの道を進むという意味です」
川崎重工は、半導体のウエハ搬送のロボットをベースに、人共存型の双腕ロボットduAro(デュアロ)を2015年にリリース。人とロボットが肩を並べる協働作業を現実のものにしたという点で、大きなセンセーションを巻き起こした。2017年には、熟練技術者の動きを再現し、技能を伝承するロボットシステム「Successor(サクセサー)」を、2019年には自走式ロボット「TRanbo(トランボ)」を次々発表。さらに、2020年にはメディカロイド(川崎重工とシスメックスの合弁会社)と共同で開発した国産初の手術支援ロボット「hinotori(ヒノトリ) サージカルロボットシステム」も製造・販売の許可がおり、実際の手術にも成功。並行して、ヒューマノイドロボット「Kaleido(カレイド)」も目下開発中。こちらは6年の開発期間を経て、現在第7世代まで進化している。このスピードを可能にしているのは、長年培ってきた産業用ロボットの商品開発・製造基盤というわけだ。
duAroが開いた、ロボットの新しい扉
従来のような大規模製造工場ではすでに産業用ロボットが広く実装されている。ゆえに、従来通りの産業用ロボットという枠組みの中では、どこのロボットメーカーも市場としての限界をある程度感じている、と髙木氏は言う。だからこそ、川崎重工は枠のなかで縮こまるのではなく、自ら市場を広げていこうとしている。そのきっかけとなったのが、前述の協働ロボット「duAro」だ。
「すでにロボットをご利用いただいている顧客は、例えばまずワンアームの垂直多関節ありきで、どうやってそれを動かそうかと考えます。そこで、双腕で作業が出来るduAroをお見せすると、『こういうものがあるなら、あんなことも出来るのでは』と新しい発想が生まれることがあるんです」(髙木氏)
垂直多関節や水平多関節、直角座標、パラレルリンクロボットといった従来の腕が一本の産業用ロボットの枠組みから飛び出したduAroは、ロボット導入の進んだ分野だけでなく、そもそもロボットの導入を考えてもこなかった分野を掘り起こす可能性を秘めているという。
「これまでの産業用ロボットの場合、顧客の方々がすでにロボットについての知識をお持ちでした。だから『これくらいの重さのものを持つことができる、これくらいのロボットが欲しい』という要望をいただくことが多い。でも、duAroは、今までロボットを知らなかったユーザーのところにも持っていこうとしています。そこで色々な動画を作ったりして、こういうところでも使えるんです、あなたのところでも使えるんですよ、というアプローチをしている最中です」
ロボットは人間と共にあるべし
IFR(国際ロボット連盟)のレポートによると、製造従業員1万人あたりの産業用ロボット利用台数は、2019年時点で最も多いのがシンガポール、次が韓国、日本は3番手であるという。しかしマーケット全体に対する導入比率はトップのシンガポールでも9%に留まっており、産業用ロボットの世界シェアの約半分を握る日本でさえ4%。いわゆる“ロボット密度”はまだまだ低く、ロボット化が困難である分野が甚だ多いことが分かる。しかし、果たして本当にその分野へのロボット導入は難しいのだろうか。duAroなら可能なのでは? TRanboならニーズに答えられるのでは? はたまた、まだ見ぬロボットなら出来るのでは? 川崎重工は、持てるロボット技術のすべてを携えて、未開拓の分野にそう問いかけている。
産業用ロボットはモノ作りの現場と二人三脚で進化してきた。国産初の産業用ロボットを手掛けて以来、50年以上にわたってロボット技術を練磨し蓄えてきた川崎重工には、新しいロボットを生み出す基盤は充分過ぎるほど揃っている。総合ロボットメーカーへの道を後押しするのは、現場との「対話」に違いない。髙木氏は言う。
「従来の産業用ロボットだけを使って既設の設備を自動化しようとすることは、結構ハードルが高い。でも、例えば新しい設備の自動化を、ロボットを使う前提で考えたときに、今までの形でないロボットのほうが良い、ということも出てくると思います。そうしたとき、設備メーカーさんと一緒になって、ロボット込みの設備や装置を開発していくことが出来たらもっと広がりやすい。さらに、ここは双腕のduAroを入れたらいいね、とか、ここはもう少し細いアームのロボットにしないといけないとか、ロボットアーム自体を昇降させたいとかロボット自体を回遊させたいとか、そういった顧客の皆様の要望を聞いた上で、我々がこれまで培ってきた技術をベースにして、今までにないロボットも作っていけるんじゃないかと考えています」
労働人口の減少、高齢化、製品サイクルの短縮、多品種少量生産体制への移行、さらには感染症対策―― 様々な社会的要請により、ロボットによる自動化は世界中でこれからさらに加速していくだろう。しかし、モノづくりの現場から人が居なくなることは決してない、最後に髙木氏はそう断言した。
「完全な自動化・無人化にしてほしいという要望はこれまでにもかなりありましたが、結果的に、無人の完全自動化を狙うとほとんどのケースは失敗します。私は、人は残しましょうと言ってきました。ゼロにするのではなく、5人のところを1人にしましょうと。その方が確実に自動化が出来るんです。やはり人間の能力というのはすごい。作業量的にロボットが9台必要な作業を全てロボットで自動化しようとすると、ロボットを動かすシステムが複雑になってしまう。だったらロボット9台で9割自動化して、ロボットでの完結が難しいシステム部分1割を人間が担う。そうすれば簡単なシステムでロボット9台分の作業を人一人で扱うことが出来るんです」
duAroもSuccessorもhinotoriも、人と共存することを前提に開発された。Kaleidoは災害救助や介護の現場での実用を目指している。総合ロボットメーカー、川崎重工が描く未来の社会には、ロボットと人が共に生きる風景がいつも広がっているようだ。
【参考文献】
- Robin R. Murphy, Vignesh B.M. Gandudi, Trisha Amin, Angela Clendenin, Jason Moats:An Analysis of International Use of Robots for COVID-19. CoRR, 2021
- 『人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊』井上智洋著、文藝春秋
- 『National Geographic日本版』2020年9月号、日経ナショナルジオグラフィック社
- 『日本初「ロボットAI農業」の凄い未来 2020年に激変する国土・GDP・生活』窪田新之助著、講談社